朝七時。
ミスター・サノはいつものように、鳥のさえずるガソリンスタンドの開店準備をしていた。
空気はひんやりと澄み、遠くの街並みが朝日に輝く。
まず、使い古したスポンジが浮いた。
手から滑り落ちたそれが、床に着くことなく数センチの高さで静止したのだ。
サノは目を瞬かせ、ゆっくりと手を伸ばし、それを掴んだ。
「気のせいか」
彼は独りごちた。
しかし、次に置いたコーヒーカップも、手のひらから離れた途端、わずかに宙に浮いた。
今度ははっきりと、重力から解き放たれるような浮遊感があった。
カップはゆっくりと揺れながら、店の奥の壁にぶつかり、静かに落ちた。
カチャリと小さな音がした。
間もなく、常連のミスター・オザワがセダンで乗り付けた。
「おはよう、サノさん。今日も鳥が騒がしいね」
オザワは車の窓を開け、そう言った。
その声に呼応するかのように、木々の鳥たちが一層賑やかに鳴いた。
サノが給油ノズルを握ると、普段よりも軽く感じた。
給油メーターが回り始める。
その間にも、店の前を通る落ち葉が通常よりも高く舞い上がり、ゆっくりと降下した。
「最近、妙なことが多いですね」
オザワがボンネットに置いていた新聞が、ゆっくりと空中に浮き上がり始めた。
新聞は風もないのに、数メートル上まで漂い、やがて視界から消えた。
「これは…」
サノは無感情に呟いた。
給油が終わる。
オザワが車から降りようとすると、わずかな浮遊感に気づいた。
「なんだか、車が軽いような?」
彼は首を傾げた。
サノもまた、給油を終えたばかりのオザワのセダンが、わずかに揺れながら地面から数ミリ浮上しているのを見た。
タイヤと路面の間に、わずかな隙間ができた。
周囲の鳥たちのさえずりは、まるで祝福の歌のようだった。
オザワは特に慌てる様子もなく、車に乗り込んだ。
エンジンをかけると、セダンはさらに数十センチ浮上した。
その軽さに驚きながらも、オザワはアクセルを踏み込んだ。
車は地面を滑るように進む代わりに、そのままふわりと空中を移動し始めた。
ガソリンを満タンにした車は、いつしか、空を飛ぶための装置と化していたのだ。
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