ハルカとケンタは、新しい住まいである「発言荘」のベランダに立っていた。
築年数は古いが、手入れが行き届いた温かい雰囲気のマンションだ。
「なんだか、良いことが起こりそうな予感がするわ」
ハルカが両手を広げ、朝の光を浴びながら言った。
「そうだといいけどな」
ケンタは隣で、まだ半分眠い目をこすっている。
引越しから数日経ったある朝。
キッチンでコーヒーを淹れながら、ハルカがふと呟いた。
「あー、もう豆が切れそう。新鮮で香り高い豆があったら、最高なのに」
翌朝、コーヒーメーカーの隣に、見慣れない袋が置いてあった。
「何これ? いつからあったの?」
ハルカが首を傾げると、ケンタも不思議そうに覗き込む。
高級な印字がされた、確かに昨日までなかったはずの、新鮮なコーヒー豆だ。
その日、ケンタが冗談交じりに言った。
「仕事、ポンと片付かないかなぁ」
すると、いつもなら数日かかるはずの報告書作成が、昼前には完璧に終わっていた。
二人は、このマンションで起こる奇妙な現象に気づき始めた。
「まさか、言葉が現実になるなんて」
ハルカが呟くと、ケンタは大きく頷いた。
それからというもの、彼らの会話は慎重になった。
否定的な言葉は避ける。
「体調が悪い」ではなく、「元気でいられますように」
「お金がない」ではなく、「豊かになりますように」
彼らの生活は瞬く間に豊かになった。
望む家具が揃い、家計は潤い、体調は常に万全。
二人はこの「発言荘」での生活を心から楽しんでいた。
今日もまた、ハルカが「このお部屋がずっと、私たちを幸せで満たしてくれますように」と願う。
ケンタは満足げに頷いた。
その頃、発言荘の最上階で、マンションの管理人であるエコーは、壁の古い帳簿をめくっていた。
そこには、発言荘に住んできた全ての住人の、現実化した言葉が記録されている。
彼らの言葉は、全てが肯定的で、マンション全体を活気づかせる。
エコーは、壁の内部から聞こえる、微かな、しかし確かな脈動を感じていた。
それはまるで、彼らの言葉が、マンションそのものの血肉となっているかのようだ。
エコーは満足げに微笑んだ。
発言荘は、今日も満腹だった。
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