ヤマダ氏は毎朝、決まった時間に地下室へ降りる。
そこは彼の趣味の部屋だった。
古い時計の収集が日課である。
ある日の朝。
地下室の扉を開けた瞬間、彼は息をのんだ。
いつになく濃い霧が、部屋いっぱいに立ち込めていたのだ。
彼は懐中電灯を点けた。
光が霧を掻き分け、彼のコレクションを照らす。
壁の時計が目に入った。
針が、ピタリと止まっている。
午前7時15分。
彼の腕の腕時計も、同じ時刻で止まっていた。
「時間が、止まったのか?」
彼は囁いた。
外からの音は一切聞こえない。
妻のミキが朝食を準備する音も、鳥のさえずりも。
完璧な静寂が、地下室を支配していた。
最初は戸惑った。
しかし、すぐに彼はその状況の「利点」に気づいた。
時間が止まっているのだ。
つまり、彼は永遠の時間を手に入れたことになる。
無限の時を、この地下室で、好きなことに費やせるのだ。
彼は喜びを覚えた。
食料も、水も、電気も、何も劣化しない。減りもしない。
彼はゆっくりと、手入れが滞っていた古い時計を磨き始めた。
今日、彼は永遠の安息を得たのだ。
一日、また一日と、彼にとっての「一瞬」が過ぎていった。
彼はあらゆる時計を分解し、組み立て直した。
新しい趣味を見つけようと、埃をかぶった書物を読み漁った。
外の世界のことは、もはや頭になかった。
ミキの声が聞こえなくなったのは、いつからだろうか。
上の階から差し込んでいた、わずかな光も、今はもうない。
ある日、彼はいつものように自分の指を見た。
細く、皺が刻まれている。
彼の目の錯覚かと思った。
壁に設置された小さな鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、白髪の老人の顔だった。
地下室の時間は完璧に止まっていたが、彼の肉体だけは、外の世界と同じ速度で、静かに時を刻み続けていたのだ。
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