選択の準備室

毎日ショートショート

今日の朝食はトーストとコーヒー。

タナカ氏のいつものルーティンだった。

 

テレビのニュースが、新しい美術館の開館を報じていた。

「未来選択肢美術館。来館者の未来の選択肢を展示する、画期的な試みです」

タナカ氏は興味を引かれた。

 

午後の早い時間、タナカ氏は美術館を訪れた。

外観はモダンで清潔感がある。

内部は白を基調としたミニマリストな空間だった。

 

受付には、無表情な女性、キュレーターS氏が立っていた。

「ようこそ、未来選択肢美術館へ。お客様の個人情報を入力してください。展示は自動で調整されます」

タナカ氏は指示に従い、端末に生年月日や簡単な経歴を入力した。

 

通路を進むと、壁面に半透明のパネルが並んでいた。

パネルには、ホログラフィックな映像が映し出されている。

「転勤を受け入れたタナカ氏の未来」

「現状維持を選んだタナカ氏の未来」

 

そこには、異なる選択が導く具体的な生活風景が描かれていた。

家族の笑顔、新しい住居、仕事の成果、あるいは小さな後悔。

どれもが鮮明で、まるで実際に体験しているかのようだ。

 

タナカ氏は驚きと戸惑いを感じた。

自分の人生が、これほど明確な「選択肢」として提示されるとは。

 

さらに奥へ進むと、ひときわ輝くパネルがあった。

そこには「長年の夢を叶えたタナカ氏の未来」と表示されている。

かつて諦めたはずの、海外での研究者としての生活。

満ち足りた表情の自分が、見慣れない研究室で論文を読み、笑顔で議論している。

 

タナカ氏の胸に、久しく忘れていた希望が湧き上がった。

これだ。

この未来こそが、自分が本当に求めていたものだ。

諦める必要などなかったのだ。

 

タナカ氏はパネルに触れ、確かな決意を固めた。

美術館を出ると、外の景色が輝いて見えた。

まるで、今から始まる新しい人生を祝福しているかのように。

 

その頃、美術館の裏手にある監視室では、キュレーターS氏が別のキュレーターF氏に声をかけていた。

「タナカ氏の選択が確定しました。『長年の夢を叶えた未来』です」

F氏はモニターに表示されたタナカ氏のプロフィールと選択肢を確認し、満足げに頷いた。

「よし、これで彼が望ましい方向へ進む準備ができたわけだ」

S氏は、次の来館者のデータを読み込みながら淡々と答えた。

「ええ、我々の『準備室』が、今回も無事に機能しましたね」

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