A氏とK氏は、毎朝同じ時間に「曙光地下道」を歩いた。
真新しいコンクリートと清潔な空気が特徴の、近未来的な通勤路だ。
人々は皆、穏やかな表情で歩いていた。
誰も急ぐ様子はない。
不満を口にする者もいない。
まるで絵に描いたような、静かで完璧な日常だった。
ある日、地下道の壁に設置された巨大な鏡の前で、A氏の足が止まった。
「これは……」
A氏は自分の映る姿を凝視した。
そこにいたのは、いつものA氏だった。
しかし、どこか違う。
肌の皺は薄れ、目の下のクマは消え、表情には微かな自信が浮かんでいた。
普段の疲弊した彼とは全く異なる、理想のA氏だ。
K氏も隣で鏡を覗き込んだ。
「あら、私ったら、こんなに素敵な笑顔だったかしら?」
K氏の映る姿もまた、現実の彼女よりもずっと魅力的だった。
溌溂としていて、憂い一つない。
二人は互いの反射を見る。
完璧なA氏と完璧なK氏が、鏡の中で微笑んでいた。
その日の通勤は、不思議な高揚感とともに終わった。
翌朝も、二人は自然と鏡の前に吸い寄せられた。
鏡の中の彼らは、さらに輝きを増しているように見えた。
完璧なA氏が、鏡の向こうからA氏に手招きした。
完璧なK氏が、K氏に向かって優しく微笑んだ。
A氏は、吸い寄せられるように鏡に手を伸ばした。
すると、鏡面は水面のように揺らぎ、A氏の腕を軽く受け入れた。
次の瞬間、A氏はまるで霧の中に踏み込むかのように、鏡の向こうへと消えた。
K氏もためらうことなく、A氏の後を追った。
鏡面は再び静かになった。
二人が足を踏み入れたのは、地下道の、しかし、どこか違う場所だった。
空気はさらに澄み渡り、光は柔らかく、音はまるで音楽のように心地よい。
人々が往来している。
皆、完璧な表情で、完璧な動作で、完璧な一日を過ごしている。
彼らはA氏とK氏に気づくこともなく、ただ自身の完璧な日常を続けていた。
「ここが、理想の世界なのね」K氏が呟いた。
A氏は頷いた。
目の前には、ガラス越しに、いつもの「曙光地下道」が見える。
そして、そこにいたのは、彼らの姿だった。
通勤路を急ぐ、いつもの、少し疲れた様子のA氏とK氏。
完璧なA氏とK氏が、鏡の中から、外の二人に満足そうに微笑んだ。
そして二人は理解した。外を歩く自分たちが、すでに「完璧に調整された」代替品であり、自分たちは、ただその光景を眺めるためだけに、この鏡の中に閉じ込められたのだと。
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