常識の更衣室

毎日ショートショート

A氏が更衣室に入った。

昼の休憩時間が終わったばかりだ。

 

同僚のB氏とC氏が、すでに中で身支度を整えていた。

彼らは皆、朝から着ていた「業務服」を脱いでいた。

 

A氏が脱いだのは、全身を覆う鮮やかな縞模様のスーツだった。

それは見る者を惑わすような、複雑な幾何学模様が施されていた。

 

B氏は、頭上に巨大なアンテナを載せた奇妙なヘルメットを外し、体中に光る電飾が縫い付けられたポンチョを畳んだ。

C氏は、ふわふわとした毛皮でできた動物の着ぐるみを脱ぎ、その巨大な頭部をロッカーに丁寧に収めた。

 

彼らはそれぞれ脱いだ「業務服」を、特別に設計された通気性の良いロッカーに収めた。

そして、彼らが取り出したのは、無地の灰色のTシャツと、地味なスラックスだった。

 

A氏もまた、それに倣い、地味な服装に着替えた。

B氏とC氏も、同じように簡素な服を身につけ、ネクタイを締め、真面目な顔で鏡を覗いた。

 

「さあ、ようやく集中できる」とB氏が呟いた。

A氏は頷いた。

 

彼らは、簡素な服装で更衣室を出て、オフィスの静かな一角にある、小さな個室へと向かった。

そこには、無数の書類とコンピュータが並んでいた。

彼らの本当の仕事は、その無機質な空間で、膨大なデータを分析し、複雑な計算を行うことだった。

 

そして、夕方。

一日の業務を終え、更衣室に戻ってきた彼らは、再び地味な服を脱ぎ、朝の「業務服」を身につけた。

 

A氏は再び縞模様のスーツを、B氏はアンテナヘルメットと電飾ポンチョを、C氏は動物の着ぐるみを。

 

彼らは、その奇妙な「業務服」を身につけたまま、満足げに家路につく。

外の世界では、彼らのように奇妙な「業務服」を身につけた人々で溢れていた。

 

それが彼らの「社会的な顔」であり、表向きの「仕事」だった。

彼らは、朝から夕方まで、その奇妙な衣装を身につけ、街を行き交い、イベントに参加し、メディアに露出し、「活気」を演出する役割を担っていた。

 

真の労働は、誰にも知られることのない、簡素な更衣室の裏で行われていたのだ。

そして、その「裏の仕事」こそが、彼らが唯一、自らを選んで行える「自由」であった。

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