増殖する職員室

毎日ショートショート

夕暮れ時だった。

職員室には、タナカが一人残っていた。

窓の外は茜色に染まり、静かに日が沈んでいく。

タナカは机に向かい、生徒たちのテストを採点していた。

インクの乾いたペンが紙を滑る音だけが、薄暗い部屋に響く。

 

「お疲れ様です」

背後から声がした。

振り返ると、サトウ先生が立っていた。

彼はいつも通りの笑顔で、手に抱えたファイルを机に置いた。

「まだ残っていたんですね」

サトウ先生が言った。

 

「ええ、もう少し」

タナカは答えた。

サトウ先生は自分の席に戻り、カバンから水筒を取り出した。

 

その時、職員室のドアが再び開いた。

「お疲れ様です」

そこに立っていたのは、先ほどと全く同じサトウ先生だった。

同じ服装、同じ表情、そして手には同じファイル。

 

タナカは目を擦った。

疲れているのだろうか。

幻覚か、あるいは夢か。

だが、机に座るサトウ先生も、ドアのサトウ先生も、鮮明にそこにいる。

 

「……サトウ先生?」

タナカは声を絞り出した。

ドアのサトウ先生は、何の疑問も抱かずに中へ入ってきた。

そして、空いていた別の机に座り、やはりカバンから水筒を取り出した。

 

「何か?」

最初にいたサトウ先生が、何食わぬ顔でタナカに尋ねた。

 

タナカは混乱した。

二人のサトウ先生は、それぞれの机で淡々と作業を始めた。

全く同じ動作で、同じ書類に目を落としている。

 

そして、数分後。

三度、職員室のドアが開いた。

「お疲れ様です」

またしてもサトウ先生が。

 

タナカの心臓は高鳴った。

それはまるで、インクが紙に滲むように、静かに、しかし確実に広がっていく恐怖だった。

 

三人目のサトウ先生も空いている机に座り、水筒を取り出した。

彼らは互いに見向きもせず、与えられたタスクをこなす機械のように黙々と動いている。

 

職員室は徐々にサトウ先生で埋め尽くされていった。

ロッカーの陰から、給湯室のドアから、次々とサトウ先生が現れる。

彼らは空いている席を見つけ、無言で腰を下ろした。

 

やがて、職員室は同じ顔のサトウ先生たちで溢れかえった。

数十人のサトウ先生が、それぞれの机で同じ動作を繰り返している。

彼らの表情には、一切の感情がなかった。

 

タナカは、その光景を呆然と見つめた。

この薄暗い職員室は、いつの間にか効率的な作業場へと変貌していた。

 

「これなら、どんな仕事でもすぐに片付くな」

タナカは独りごちた。

 

そして、ふと自分の腕を見た。

そこには、うっすらとだが、もう一本の腕の影が重なっていた。

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