昼下がりの、とある駅のホームは、今日も喧騒に満ちていた。
通勤客、学生、観光客。
様々な人々が、せわしなく行き交う。
K氏は、いつものように列に並び、電車を待っていた。
日差しが強く、彼の影は足元に濃く貼り付いている。
その時だった。
K氏の足元の影が、わずかに揺れた。
それは、まるで布が風に揺れるかのようだった。
「気のせいか?」
K氏は目をこすった。
しかし、影はさらに大きく揺らぎ、次の瞬間、まるで意思を持ったかのように、彼の足元からゆっくりと離れていった。
影は、まるで透明な人間のように、まっすぐに立ち上がり、K氏の隣に並んだ。
周囲の人々も、同様に影が独立していることに気づき始めた。
隣にいたA子の影も、静かに独立し、彼女の隣に立つ。
老夫婦の影は、寄り添うように二つ同時に立ち上がった。
駅の構内放送が、ざわめきを切り裂いた。
「お客様にご連絡いたします。
ただいま、全乗客の影が、各自の意思により独立いたしました。
これにより、電車の運行は一時停止となります。
ご不便をおかけいたしますが、ご理解とご協力をお願いいたします」
人々は最初こそ戸惑ったが、すぐにその状況を受け入れた。
独立した影たちは、それぞれが独自の行動を取り始めた。
ある影は、ホームを走り回り、ある影は売店のショーケースをじっと見つめる。
またある影は、改札をすり抜け、駅の外へと消えていった。
人々は、自分の影が自由に振る舞う様子を、ただ静かに見守っていた。
誰も影を止めようとしない。
むしろ、彼らの表情には、どこか満足げな、あるいは解放されたような色が見て取れた。
K氏の影も、好奇心旺盛にホームの端まで歩き、線路の向こうをじっと見つめていた。
K氏は、その場でただ突っ立っている。
駅員が、プラットフォームのベンチに座り込み、自らの影が踊るように跳ね回るのを眺めていた。
やがて、新たな構内放送が流れた。
その声は、驚くほど穏やかで、心地よい響きを持っていた。
「皆様にお知らせいたします。
本日より、各人の影が独立したため、駅の運行は無限に停止されます。
ご心配なく、皆様の影は自由に世界を探索し、その体験は皆さんの記憶に自動で同期されます。
本体の皆様は、どうぞごゆっくり駅構内で旅の報告をお待ちください。」
K氏は、彼の影が既に遠く、改札の向こうに消え去っているのを見送った。
彼はもうどこへも行けない。
だが、彼の影は、今、世界を自由に駆けているのだ。
人々は、もう動く必要がなかった。
彼らは、永遠に駅で、自らの影が持ち帰る「旅」の体験を待つだけの存在になったのだった。
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