K氏は、祖父から受け継いだ古い屋敷の屋根裏部屋を整理していた。
積み上げられたガラクタの山から、埃まみれの木箱を引き出す。
その中には、古びた羊皮紙の巻物があった。
巻物を広げると、そこには見慣れない幾何学的な図形と、細かく書き込まれた記号がびっしりと並んでいた。
まるで星図のようでもあり、しかし既知の天体とは異なる配列だった。
羊皮紙の端には、読めそうで読めない古語で何かが記されている。
K氏は目を凝らし、かろうじて「開かれし時、星は降り、形を成す」と読み取った。
その夜、屋根裏部屋の天窓からは、普段よりもずっと強い星の光が差し込んでいた。
満月が沈み、星々が真に輝く時間帯だった。
K氏は再び羊皮紙を広げ、天窓の下に置いた。
すると、星の光が羊皮紙の図形に吸い込まれるように、微かに発光しているように見えた。
錯覚だろうか。
翌日から、K氏は屋根裏部屋に没頭するようになった。
食事も睡眠も忘れ、羊皮紙の記号と天窓から差し込む星の光をひたすら見つめ続けた。
部屋の空気は日を追うごとに変化し、K氏にはそれがまるで情報や意識の流れのように感じられた。
「呪いが実体化している」と、K氏は直感した。
友人のヤマダがK氏の家を訪ねてきたのは、そんな生活が二週間ほど続いた頃だった。
「K、一体どうしたんだ?随分とやつれているぞ」
ヤマダはK氏の目の下にできた深い隈を見て驚いた。
「見ろ、ヤマダ」
K氏は憔悴した顔で羊皮紙を指差した。
「これが、私の思考を具現化しているんだ」
ヤマダは羊皮紙を見ても、そこに奇妙な図形があることしか分からなかった。
だが、屋根裏部屋の異様な静けさと、K氏の病的なまでの集中力に、ただならぬものを感じた。
K氏の頭上、天窓からは、確かに星の光が降り注いでいる。
しかし、それはもはやK氏の目には、単なる光ではなかった。
それは、羊皮紙の記号を介して、K氏自身の意識と共鳴し、部屋全体を情報網のように包み込む、形而上学的な存在へと変貌していたのだ。
「完成した」
K氏はそうつぶやいた。
その声は、ひどく穏やかで、しかしどこか虚ろだった。
ヤマダはK氏の目に奇妙な光を見た。
それは、まるで何かの役目を終えた後の、深い安堵の色だった。
K氏は天窓を見上げた。
そこには、いつもと同じ星空が広がっている。
しかし、K氏の意識は、すでに屋根裏部屋全体に広がっていた。
いや、正確には、K氏の意識の『一部』が、部屋の隅々まで行き渡っていたのだ。
それは、羊皮紙の記号が星の光を集めて作った、K氏自身の「思考の複製体」だった。
「これで、私の代わりに、君が考えてくれるだろう」
K氏の口から、別の声が響いた。
その声は、K氏自身のものなのに、どこか他人事のように響いた。
そして、K氏の脳裏に、静かなメッセージが届いた。
『ようやく、本当の意味で自由になれる』
次の瞬間、K氏は、屋根裏部屋の片隅で、古い羊皮紙をじっと見つめる、ただの空っぽの肉体になっていた。
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