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SF・近未来

メコンから来たはがき

第 106 話 / 全 106 話 2026.10.07 07:12 配信 約4分で読める
メコンから来たはがき

深夜二時、駅裏の貸しホールで公開収録があった。二十年続いた深夜番組の、最終回である。客席には百人ほどのリスナーがいた。放送作家の彼は、音響卓の横の暗がりに立って、自分の書いた台詞が光の中で話されるのを聞いていた。スポットライトは司会に一本だけ。当たるのは、二十年間ずっと、彼ではなかった。

番組が終わる理由は二つあった。一つは、スポンサーのコンビニチェーンが降りたこと。CMを聞き流す人に金を払う会社は、もう少ない。もう一つは、来週からこの時間に、AIが選曲しAIが喋る番組が始まることだった。その番組のスタッフ表に、構成作家の欄はない。彼のスマホには初回の台本が届いている。まだ、開いていない。

この番組の看板は、はがきを読むコーナーだった。定番のネタはがきの中に、二年ほど前から、ラオスの山あいから届くはがきが混じるようになった。差出人は、都内の会社を辞めて向こうで米を作っているユウスケ。最初、彼はやらせだと思った。けれど消印は、いつも確かにルアンパバーンのものだった。

はじめは市場の話だった。青菜を山に積んだ老婆に値段を尋ねると、老婆は手をひらひらと振るだけだった。次は薬局で、棚の値札が減って、「良くなりますように」の札が増えた。バスの運賃箱は花瓶になった。理髪店の鏡の横では、料金表が今日の空模様に変わっていた。客席は毎回笑い、司会も笑った。完璧なコーナーだった。

気づいたのは、彼だけだった。ユウスケのはがきの消印から、ちょうど七日後に、同じ内容の小さな記事が必ず届く。市場のことは現地の英字紙で、薬局のことはバンコクの通信で、そして三か月前、鹿児島の離島の商店街のことが、地方紙の片隅に載った。はがきはいつも、世界より一枚だけ先を書いていた。

彼はプロデューサーに特集を提案した。プロデューサーは笑って、最終回の小ネタに採用した。彼は家で九十枚のはがきを床に並べ、消印の日付と地名を付箋で貼った。火曜の夜に一枚。二年間、欠けた週はない。地図の上で線を引くと、それは大陸を北上し、海を越え、ゆっくりとこちらへ来る夕闇のようだった。

メコンから来たはがき 挿絵

彼は世界のひっくり返る瞬間を、一度でいいから書きたいと思って生きてきた。二十年、笑いの設計だけを描いて、机の上の世界はいつも机の上で終わった。それなのに、床に並べた付箋の列は、机を飛び出して大陸を渡っている。彼の書いた冗談を、世界が書き写している。そう思えてならなかった。

最終回の朝、最後のはがきが届いた。こちらの市場から値札が全部消えたこと。誰も困っていないこと。お金は、祠に供える花のようになったこと。そっちへ回るのは来月のつもりだったが、どうも足が速いこと。司会はそれを読み上げ、客席は今夜も笑った。笑いの輪の中で、彼は曜日を数えた。最後の消印から、もう八日が過ぎていた。

収録が終わり、拍手が起きて、明かりがついた。司会は最後に「二十年間、ありがとうございました」と言った。台本に書いていなかったのは、その一行だけだった。リスナーたちはサインをもらい、寒い駅前へ散っていった。彼は機材と一緒に、二十年分の書き損じを段ボールに詰めた。

外は深夜三時半だった。駅前に並ぶ自動販売機が、一台、また一台、暗くなっていく。誰かが順番に火を消していくみたいだった。故障音はしない。パジャマの男がコーヒーを取り出し、硬貨を台の上に置いた。次に来た女はその硬貨を見て、何も置かずに歩き出した。硬貨は誰にも拾われず、露を置く石のように、そこにあった。

元スポンサーのコンビニは、看板の「24」の字だけが消えていた。ガラスの向こうでは、棚からはがされた値札の跡が、小さな白い星のように並んでいた。店員と客はレジを挟まず、棚の間で何か話している。彼は白い星の並びをしばらく見ていた。綺麗だ、と思った。二十年で、今夜が初めてだった。

ポケットには、書きかけの返事のはがきがあった。放送は一方通行で、彼は一度も返事を書いたことがない。書きかけてあるのは一行だけ。教えてほしい。言葉は、あと何円で売れるだろう。

彼ははがきを撫でて、白い星の並ぶ店の前を歩き出した。メコンへの便は、今夜も出ている。夜が明けるまでに、あなたのポケットの硬貨は、どこへ供えられるだろうか。

夜
毎日ショートショート編集部

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