真夜中の自動販売機

毎日ショートショート

Kさんは、深夜の残業を終えると、いつも決まった自動販売機に立ち寄った。

街灯の下、煌々と光るその四角い箱は、彼女にとって小さな慰めだった。

 

いつものように、微糖コーヒーのボタンを押す。

「カラン」と軽快な音と共に、缶が取り出し口へ転がり出た。

 

しかし、その夜のコーヒーは、異常なほど冷たかった。

まるで冷凍庫から出したばかりのような。

Kさんは首を傾げたが、疲れていたので気にせず飲み干した。

 

翌日も同じだった。

今度は一転、火傷しそうなほど熱いコーヒーが出てきた。

 

「故障かしら」

彼女はそう呟いたが、代わりの場所を探す気力もなかった。

 

それからというもの、自動販売機は日によって極端な温度の飲み物を出すようになった。

ある日は氷のように冷たく、またある日は沸騰寸前の熱さ。

「ぬるい」という選択肢は、完全に消え去っていた。

 

Kさんは他の客が同じように困惑しているのを目にした。

「どういうことだ?」

不審そうに缶を振るスーツの男。

「こんなの飲めないわ」

顔をしかめる若い女性。

皆、口々に不平を漏らすが、不思議と別の自動販売機へ行くことはなかった。

 

Kさんは何度か管理会社に連絡を入れた。

修理担当者がやってきて、入念に機械を調べたが、「全く異常ありません」と言うばかりだった。

内部の温度調整機能も完璧に作動している、と。

Kさんは自分の感覚がおかしいのかとさえ思い始めた。

 

しかし、ある日、いつものようにキンキンに冷えたコーヒーを一口飲み、その凍えるような冷たさが疲れた体に染み渡るのを感じたとき、彼女はふと気づいた。

この自動販売機は、もしかしたら、わざと極端な温度を出しているのではないか、と。

 

長い間、無数の人々がボタンを押し、何の感動もなく「ちょうどいい」飲み物を消費していくのを見てきた。

飽き飽きしたのではないだろうか。

人生は、いつも「ちょうどいい」ばかりではない。

時には凍えるような冷たさがあり、時には燃えるような熱さもある。

この自動販売機は、無味乾燥な日常に、忘れられた「感覚」を取り戻させようとしているのかもしれない。

 

「カラン」

いつものように缶が取り出し口へ転がり出る。

その日、Kさんが手にしたのは、手のひらを焦がすような熱さの紅茶だった。

彼女はそれを、ゆっくりと、しかし確実に飲み干した。

 

そして、その日の夜、自動販売機を管理する小さな会社の薄暗い事務所で、主任のタナカは、一台のモニターをじっと見つめていた。

モニターには、各自動販売機ごとの売上データと、隣に「顧客反応強度」という見慣れないグラフが表示されている。

例の自動販売機のグラフは、ここ数週間、常に最高値を記録していた。

 

「人間は、ぬるいものには感動しない、か」

タナカはひとりごち、満足げに微笑んだ。

真の目的は、単なる飲物の販売ではなかったのだ。

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