タナカ氏は公園のベンチに座っていた。
夕焼けが空を染め上げ、一日の終わりを告げていた。
遠くで子供たちの声が聞こえる。
それは日常の穏やかな風景だった。
しかし、その日、彼の視界に妙なものが映った。
公園の奥、古びた大木の根元に、淡く光る膜のようなものが揺らいでいた。
それは虹色の光を放ち、空気の歪みのように見えた。
夕陽の残照がそこに集まり、まるで異なる空間への入口を示しているかのようだった。
タナカ氏はゆっくりと立ち上がり、その光に引き寄せられるように歩みを進めた。
近づくにつれ、光の膜はさらに輝きを増し、内部はまったく見通せなくなった。
その時、背後から声がした。
「タナカさん、こんな所で何を?」
振り返ると、友人のヤマダ氏が立っていた。
ヤマダ氏もまた、手に持っていた本を閉じ、その光に目を奪われているようだった。
「あれを見てください、ヤマダさん」
タナカ氏が指さすと、ヤマダ氏は大きく目を見開いた。
「これは……まるで、絵画のようだ。いや、それ以上のものだ」
彼の言葉には、驚きと同時に、深い好奇心が混じっていた。
二人は並んで、光の膜の前に立った。
光からは微かな音が聞こえる。
それは風の音のようでもあり、遠い誰かの囁きのようでもあった。
理性は危険を告げていたが、本能は未知への誘惑を囁いた。
「面白い。少し、中を覗いてみようか」
ヤマダ氏が言った。
彼はためらうことなく、光の膜へと一歩踏み出した。
次の瞬間、ヤマダ氏の体は光の中に溶けるように消え去った。
まるで最初からそこには存在していなかったかのように。
タナカ氏は一瞬息を呑んだ。
恐怖と、それ以上の衝動が彼を突き動かした。
彼は迷いなく、ヤマダ氏が消えた場所へと足を踏み出した。
全身を包み込むような、奇妙な浮遊感。
時間の概念が曖昧になり、空間の形が失われる。
それは長く、しかし一瞬のような感覚だった。
そして、気がつくと、タナカ氏は公園のベンチに座っていた。
夕日は完全に沈み、あたりは深い闇に包まれている。
隣にはヤマダ氏が腕を組み、目を閉じて座っていた。
「もうこんな時間か……」
ヤマダ氏がゆっくりと目を開け、呟いた。
その表情は、いつもと変わらない、穏やかなものだった。
タナカ氏は自分の手を凝視した。
夕日の残照のように、手のひらは微かに、しかし確かに揺らめいていた。
それは、かつて彼が「彼」であった証が、もう存在しないことを示していた。
彼は知っていた。
自分たちは、もう「そこ」にはいないのだと。
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