ムラカミは、運動が大の苦手だった。
体育の授業はいつも憂鬱で、特にリレーの選手選びは地獄だった。
その日の夜も、彼は校庭の片隅で、乾いた砂を蹴っていた。
「こんな才能、いらない」
彼は心の中で呟いた。
同じ夜、ヤマダは書庫の窓から、校庭を眺めていた。
彼は成績優秀で、将来を嘱望される秀才だった。
しかし、彼は小説家になる夢を抱えていたが、物語を生み出す才能だけは、まるで持ち合わせていなかった。
「この記憶力と論理的思考力、誰かにあげてしまいたい」
彼はそう願った。
校庭には誰もいないはずだったが、その夜、二人はまるで引き寄せられるように、ひっそりと忍び込んだ。
ムラカミはリレーのトラックを、ヤマダは古い石段の上に座り、それぞれ空を見上げた。
真夜中。
校庭の真ん中に、淡い、青白い光が静かに降りてきた。
それは、まるで呼吸をするかのように脈打ち、やがて校庭全体を優しく包み込んだ。
ムラカミとヤマダはその光の中で、一瞬、意識を失った。
翌朝。
ムラカミは目覚めると、奇妙な感覚に襲われた。
頭の中に、これまで知らなかった複雑な数式や、歴史の年表が鮮明に浮かび上がってくる。
彼は思わず、机の上の新聞に書かれた難解なコラムを読み始めた。
そして、その内容を瞬時に理解し、論理的な矛盾点を見つけ出した。
一方、ヤマダは体を起こすと、無性に走り出したくなった。
彼は校庭へ飛び出し、トラックを一周した。
驚くほど軽やかな身のこなし、そして肺に満ちる快い疲労感。
彼はこれまで感じたことのない疾走感に、全身が痺れるのを感じた。
「まさか」
二人はそれぞれ、同じ結論に至った。
それからの日々、二人の人生は劇的に変わった。
ムラカミは学業でその才能を開花させ、あっという間にクラスでトップに躍り出た。
教師たちは彼の進歩に驚き、将来を期待した。
ヤマダは運動でその才能を爆発させ、リレーの選手として、地区大会で目覚ましい記録を叩き出した。
彼はスポーツ特待生として、有名大学から声がかかるようになった。
周囲の人間は、彼らが「努力」によって才能を開花させたと信じて疑わなかった。
二人は賞賛され、それぞれが目指す分野で頂点へと駆け上がっていった。
しかし、ムラカミの心には、喜びよりも深い虚無感が募っていった。
彼はかつて自分が嫌っていた学問の道を歩むことに、本当の充実感を見出せなかった。
同様に、ヤマダもまた、スポーツの栄光に包まれながらも、心の中で物語を紡ぐ情熱を失いかけていた。
ある夜。
二人は再び、あの光が降りた校庭にやってきた。
互いの顔を見つめ、黙って空を見上げた。
「君は、幸せかい?」
ムラカミが尋ねた。
ヤマダは首を横に振った。
「君は?」
ムラカミも無言で否定した。
その時、ポケットに入れていたスマートフォンから、テレビニュースの速報が流れた。
「速報です。隣町の少年、タナカくんが、昨日突然、驚くべき短編小説を発表しました。
その内容は、これまでの彼の学業成績からは想像できない、天才的な物語構成と深遠なテーマ性で、文壇に衝撃を与えています。」
ムラカミは、そのニュースを聞きながら、ヤマダの顔を見た。
ヤマダの目には、かつて彼が抱いていた、文学への渇望が宿っていた。
「あれは、私の才能だ」
ヤマダは、絞り出すように呟いた。
そして、ムラカミもまた、遠く離れた別の校庭で、自分が嫌っていたはずの運動の才能で、今まさに喝采を浴びている誰かを、静かに見つめていた。
彼らは、手に入れた栄光の全てが、自分のものではないことを、知っていた。
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