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湯けむりは、配当を知っていた
俺の仕事は、板前場の隅で皿を洗うことだ。仕込みの包丁の音、出汁の匂い、湯上がりの客の笑い声が壁を隔てて漏れてくる。この旅館は百二十年続いたが、三年前、大手の観光資本に買われた。看板はそのまま、…
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俺の仕事は、板前場の隅で皿を洗うことだ。仕込みの包丁の音、出汁の匂い、湯上がりの客の笑い声が壁を隔てて漏れてくる。この旅館は百二十年続いたが、三年前、大手の観光資本に買われた。看板はそのまま、…
閉園まであと十日になった日、彼は駐車場のフェンスに新しい看板を取り付けた。『感謝の価格・本日の入場料・一円』。ここの入場料は三十年前からナスダック指数と連動していた。市場が跳ね上がれば入場料は…
深夜二時、天文台のドームは潮騒に似た低い音をたてていた。彼は震度のないゆれを、望遠鏡より先に受信していた。モニタにはAIが選んだ観測対象が並び、どれにも人名が付いていた。
岬の灯台は、無人になる前夜だけ、人の体温を残すことにした。守人は点灯時刻を五分遅らせ、海の向こうで始まった夜の試合を、待ち受けた。誰かが打席に立つたび、岸の窓が一斉に明滅し、値段のついた歓声が…
気象庁の発表は、いつも二分遅れていた。警報が鳴ってから空を見上げると、雲は既に去り際だった。誰も気にしなかったが、書庫の彼だけは、その二分の遅れを毎日記録していた。