写らない朝

毎日ショートショート

A-さんは、最新のデジタルカメラを常に手放さない写真愛好家だった。

友人であるB-くんに、ある奇妙な噂を打ち明けた。

「郊外の古い墓地でね、朝焼けは息をのむほど美しいのに、特定の場所だけ写真に写らないらしいんだ。」

B-くんは半信半疑ながらも、「それは面白い。ぜひ同行させてくれ」と、興味を示した。

 

夜明け前のまだ暗い時間、二人は墓地へ向かった。

しんとした空気の中、東の空がゆっくりと茜色に染まり始める。

古い石の墓碑が並び、その陰影が長く伸びて幻想的な光景を作り出した。

A-さんは情報通り、墓地の奥にある特に古びた、苔むした無名の墓石を見つけた。

これが噂の場所だと確信し、早速カメラを構えた。

何度かシャッターを切った。

しかし、液晶画面を確認すると、墓石があるべき場所にぽっかりと空白が広がっていた。

まるでそこに何も存在しなかったかのように。

A-さんはカメラの故障を疑い、様々な角度から試したが、結果は同じだった。

スマートフォンでも試したが、やはり墓石は映らなかった。

 

「まさか、本当に?」

B-くんが呟いた。

A-さんは「試しに、B-くんがその空白の場所に立ってみてくれないか?」と提案した。

B-くんは言われるがままに、墓石の隣に立った。

A-さんがシャッターを切る。

現像された画像には、B-くんの姿もまた、墓石と同じく、その部分だけが消えていた。

二人は顔を見合わせ、言葉を失った。

風が枯れ葉をさらさらと鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。

 

その時、一人の老婆が、ゆっくりと墓石の陰から現れた。

皺だらけの顔に、柔らかな朝焼けの光が差している。

老婆は何も語らず、ただ穏やかな表情で墓石にそっと触れた。

そして、静かに東の空を見つめた。

A-さんは、この神秘的な光景を記録せずにはいられなかった。

すかさずカメラを向け、シャッターを切った。

カシャリ、と静かな音が墓地に響いた。

 

二人は息をひそめ、現像された画像を確認した。

そこには、美しい朝焼けに染まる墓地が広がっていた。

古びた墓石も、しっかりと映っている。

しかし、その墓石の隣にいたはずの老婆の姿は、どこにもなかった。

まるで初めから、そこに誰もいなかったかのように。

その墓石は、もう誰にも見られたくないと強く願った者たちの、最後の安息の地だった。

彼らが写真に写らないのは、もはやこの世の「被写体」として、誰にも存在を認知されたくなかったからなのだ。

彼らは、人々の記憶から完全に消え去ることを選んだのである。

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