朝の光が横断歩道を照らしていた。
サトウ氏はいつものように信号の変わり目を待っていた。
空気は澄み、遠くから鳥の声が聞こえる。
完璧な朝だった。
一日の始まりとしては申し分ない。
その時、サトウ氏は奇妙な音に気づいた。
それは微かな、しかし耳の奥で響くような音だった。
光が直接発しているようだった。
特定の周波数を持つ、無機質な響き。
隣に立つヤマダ氏は、無表情に前方を見つめている。
彼には聞こえないのか。
それとも、聞こえても無関心を装っているのか。
サトウ氏は首を傾げた。
信号が青に変わった。
人々が一斉に横断歩道を渡り始める。
その瞬間、光の音は明瞭なリズムを刻み始めた。
まるで精密な機械の作動音のように。
ザッ、ザッ、と誰かが渡るたびに異なる音がする。
ある人が通り過ぎる時にはキン、と甲高い電子音が響き、また別の人にはズン、と重い低音が鳴る。
まるで光が、渡る人々をそれぞれ分類しているかのようだった。
その音は、まるで個々の存在価値を評価する計測器のようにも感じられた。
サトウ氏が歩を進める。
彼の番が来た時、光はスー、と長く穏やかな音を立てた。
特別なことは何もない。
ただ、通過を許可されただけ。
彼は横断歩道を渡り終えた。
音は途絶えた。
後ろを振り返ると、次の人々が信号を待っていた。
彼らの顔は、朝の光の中でただ茫洋としている。
再び青に変わると、光は再び選別の音を奏で始めた。
その音は淡々と、しかし確実に鳴り響く。
その時、サトウ氏の耳に、これまでよりもはるかに明瞭な声が、直接脳に響くように聞こえた。
それは、光が発するメッセージだった。
「再利用不可」
サトウ氏は凍り付いた。
数日前のニュースが脳裏をよぎる。
とあるビルの屋上から「転落」した、という人々の報道。
彼らの顔には、一様に虚ろな表情が浮かんでいた。
彼らは皆、サトウ氏が今聞いたのと同じ音を聞いたのだろうか。
そして、その意味を理解したのだろうか。
サトウ氏は、何事もなかったかのように前を向いて歩き始めた。
彼の足元には影が長々と伸びていた。
その影が、まるで別の自分のように無感情に、しかし確実に彼の背後を追っていた。
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