白線は湯の底で走り出す
深夜の銭湯は、硬貨の味がする。十円の縁は薄く、指の腹を切るほどではないが、世界の境界はそこよりずっと薄い。補充係の私は、閉店後に栓をひねり、湯の減り方を数える。今日は一枚だけ、十円が湯の底で息…
5分で読めて、最後にひとひねり。毎日ひとつ、短編をお届けします
深夜の銭湯は、硬貨の味がする。十円の縁は薄く、指の腹を切るほどではないが、世界の境界はそこよりずっと薄い。補充係の私は、閉店後に栓をひねり、湯の減り方を数える。今日は一枚だけ、十円が湯の底で息…
夜勤の梱包検査の彼は、赤と紺のレーンが競い合うように点滅する倉庫の高みで、ほんのり花の匂いのする白い箱を見つけた。角は丸く、ラベルは滲んでいて、誰の名も住所も読めなかった。
彼は花火の打ち上げ場で、十年目の夏を迎えていた。誰もが打ち上げの瞬間を見上げる。彼だけが、見上げない。目撃者が記憶を書き換えられているのは、空ではなく、その前の一秒だからだ。
旧鋳物工場の裏庭は、東海道線の振動でいつもわずかに歌っていた。夜更けの鋳込み直前、砂型が意味もなく鳴くと、工場を預かる彼は、世界の内側で何かがずれはじめるのを聞いた。窓の外では、新型の電動機を…
コンビニ店員の彼は、スタジアムのガラス越しに、遠い日の熱気を思い描いていた。しかし、そこに映るのは、幾層にも重ねられた広告の光と、誰も気に留めない無数の「効率化」のサインだけだった。まるで、夢…
コンビニのレジ前。店員が提示した「割引コード」が、今日の空の色と妙にシンクロしていた。まるで、システムが疲れて吐き出した残像のようだ。誰もそれに気づかない。それが、一番の異質だった。
コンビニ店員として、私はいつものように棚の陳列をチェックしていた。商品は完璧な配列を保っている。まるで、この世界のルールが、この蛍光灯の明るさによって強制されているかのように。今日の空は、妙に…