灯りの消える夜の、海岸

今夜で、僕の仕事がなくなる。灯台は衛星に管理を委ねられ、踏切は無人になった。ラジオでは、遠い国の試合と、記録を追う野球の話が流れている。誰もいなくなる海岸で、最後の灯りが回っている。
灯台守をしていた三十年間、僕は一度も、この灯りが誰かを救ったところを見たことがない。救われた船は、古い船だ。新しい船はみな、衛星に教えてもらって海を渡る。僕の灯りは、もはや備品に近かった。それでも管理会社は、観光用に外観だけは残すと言う。中の灯りは、今夜限りで消える。
灯台の麓には、小さな踏切がある。線路は貨物と、一日三往復の旅客列車だけが通る。かつては踏切係りの小屋があって、爺さんが住んでいた。彼は五年前に死に、踏切は自動化された。遮断機はカメラとセンサーに任され、赤い灯火は人の目がなくても等間隔で点滅する。機械は爺さんより正確だった。だから文句はない。文句は、ないのだ。
ラジオから、記録にあと何本と迫った選手の話が流れる。ネットの競馬では、今夜も大きな金が勝手に動いているらしい。僕はよくわからない。ただ、ずっと先の国では、国と国が十一人の脚で争っていて、その点差とやらは世界中の画面に、誰の手も借りずに刻まれる。すべてが正確に、人を介さずに回っている。僕たちの代わりになるものは、どこにでもある。
祖父は、この灯台で嵐の夜を過ごした。父も、僕も。三代の給与で、この町は十分に回っていた。今は、この灯りを守る費用すら、精算書の赤字になる。会社の計算は正しい。正しいことが、正しいまま降り積もる世界に、僕はなんとも言えない怒りを覚えてきた。小さな、乾いた怒りだ。打ち上げる相手も、聞いてくれる会議も、どこにもない。
二十二時五十分。最後の旅客列車が来る時刻だ。

僕は塔を降りて、踏切のそばに立った。海風が、夏の名残と潮の匂いを運んでくる。遮断機が音もなく下り始め、赤い灯火が、夜の中でひとりでに瞬いた。機械の動作は完璧だった。誰も運転席にいなくても、世界はちゃんと遮断される。
列車が来た。五両編成の、がらんとした車両だった。窓に浮かぶ乗客の顔は、誰もこちらを見ていない。画面を見ている。列車は灯台をかすめて、岬の向こうに消えた。遮断機は持ち上がる。数秒おいて、道路を一台のトラックが渡っていく。あれも、おそらく無人だ。
ここで、景色が美しく見えた。隣で僕はそう思った。自動化され、人の手が離れ、会議室の計算通りに回る海岸の夜が、ひどく美しく見えたのだ。消えていく灯りの束が、海面に銀色の道を引いていた。世界が正しく、丁寧に、人を卒業していく様子が、まるで潮が引くように美しい。
僕は、塔に戻って消灯の時刻を待った。ゼロ時。衛星からの信号が、ランプの心臓を止める。契約書にそう書いてある。僕は書類に署名した。正しい手続きだ。
ただ、こう思う。信号が来ても、何かが狂って、この灯りだけが回り続けたら、どうなるだろう。海に向かって、誰のためでもなく、会議もなく計算もなく、ひとりで回り続けたら。衛星はきっと、何度も停止命令を送るだろう。点検に人間が来るだろう。それでも灯りが、勝手に点いていたら。
ゼロ時が近い。ランプの回転音が、いつもより少しだけ重く聞こえる。
僕は、制御盤の前に立ったまま、手をポケットに入れた。この先、世界はどちらに向かうのか。正しさのまま静まり返るのか、それとも、どこかでひとつだけ、狂った灯りが残るのか。窓の外では、遮切機の赤い光が、またひとりで瞬いていた。