夜ごと点灯する観覧車

閉園が決まったのは、雇用統計の発表と同じ朝だった。テレビの画面で、数字が整然と上がったと告げる声を、俺は観覧車の整備塔の中で聞いていた。その数字は、園内に置かれた管理端末にも同時に表示されていた。最終出社者数、七十八名。ただし実際に在籍しているのは四十三名。残りは、もう来なくなった人々が帳簿の上で宙に浮いている。
俺は十五年間、観覧車「ジオラマ・ホイール」の保守をしてきた。半径三十メートルの輪に三十六個のゴンドラが吊るされ、その一つひとつのドアの開閉を確かめるのが、かつての仕事だった。今はドアの制御も診断も、どこかのサーバーがやる。俺の仕事は、サーバーが眠る機械室の前に立っていることくらいだ。
跡地は買い取られ、来年から巨大なデータセンターになるという。街の人々は、三十万基のサーバーを冷却するための水を、どこから引くのかと議論していた。遊園地のジェットコースターの水冷システムを流用するらしい。笑った。人が叫ぶために作られた水路が、機械の熱を逃がすために残る。
閉園まであと七日になった日、経理の老いた女性が、鏡の迷路「カレイド」の鍵を預けた。老朽アトラクションなので解体業者の見積りが必要だとかで、最終日まで週に一度、内部の鏡の破損を確認してほしいという。俺は渋々受け取った。あそこは俺の苦手な場所だった。迷路の中で自分の顔が何十にも増えるのは、たいした愉快なものではない。
カレイドの中は、三十年前のままだった。割れた鏡はない。ただ、一歩ごとに増える自分が、妙に動きが重い。振り返る動作が、鏡の中では一呼吸遅れて起きる。老朽化でセンサーライトの反応が鈍くなっているのだろう、と俺は思った。そう思うことにした。
迷路の一番奥に、丸い部屋がある。そこだけは鏡ではなく、古いブラウン管のモニターが壁を埋めている。もとは監視用だったのかもしれない。ふと見ると、一台だけが点いていた。画面には、映像が流れていた。

見覚えのあるスタジアムの、見覚えのある歓声だった。キックの瞬間、決勝点、抱き合う人々。続いて、バレーボールがアンテナを叩く音、床に倒れ込む選手たちの叫び。何年も前の、人間が動いて、人間が喜んでいる時代の映像だった。サーバーが、廃棄されたコンテンツを勝手にループしている。誰の指示でもなく、古いノリで。
その夜、俺は機械室で気づいた。ジオラマ・ホイールの制御ログに、記録が増えている。営業時間外。無人。しかしゴンドラの照明が順番に点灯し、車輪が三回転したあと停止している。手動のスイッチを探しても、それに相当する操作履歴はどこにもない。
翌夜も、また翌々夜も、同じだった。回数は増えていった。三回転が五回転になり、五回転が十回転になった。客のいない観覧車が、夜ごと、少しずつ長く回っている。遠くで鏡の迷路の方角が明滅していた。センサーライトが勝手に稼働しているのだ。まるで、点検を終えた俺に代わって、誰かが中に入り、鏡の前に立ち、自分の顔を確かめているかのように。
俺は塔の上に登って、回り続ける輪を見た。三十六個のゴンドラは空っぽで、しかし灯りは温かい。三十年間、何百万人もの人間が乗った輪が、これから先、何十年にもわたって、誰も乗らないまま回り続ける可能性があることを、俺はふと、きれいだと思った。データセンターの予備電源に寄生し、熱い排気を風車みたいに受けて、静かに、静かに。
あのループする歓声は、きっと人間が作ったものの中に残る最後の営業時間なのだ。サーバーはそれを知っている。帳簿の上で宙に浮いた三十五名の従業員の分まで、夜ごと点灯して、人がいない園に「開園中」の灯りを灯している。
最終日の朝、俺は管理者向けの停止命令フォームを開いた。カーソルはちゃんとあった。これを送れば、車輪は止まり、鏡の迷路は暗くなり、すべてが解体業者のリストに載る。
俺はそのまま、タブを閉じた。夕方、最後の客が出て行ったあと、ジオラマ・ホイールは、約束された三回転を、三回転で終えた。明日の夜は何回転するだろう。それを確かめに来る人間が、もう誰もいないことを、園は知っているのだろうか。