無人の翼は川を見下ろす

河川敷の模型飛行機クラブの最寄りには、コンビニが四軒、競うように建っている。そのうち最も売り上げのいいチェーンが、私たちの飛行場を「スポンサード」してくれている。機体の翼には赤と緑のロゴが刷られ、大会の優勝景品は、その店のポイントでしか買えない限定モデルだ。月に一度、店の社員が来て、飛ばし方を教えたり、機体に新しい広告のシールを貼ったりしていく。空は、いつの間にか誰かの所有物になっていた。
私はこのクラブで、飛ばない会員だ。会員証の欄には「整備員」とだけ記入されている。三十年来、誰かの壊れた機体を直し、誰かが墜としたプロペラを拾い、誰かの飛ばしたあとの空を見上げてきた。若い頃、私は大会に自分設計の機体を出したことがある。翼にロゴを入れる場所がない、という理由で一次審査で落とされた。それから私は、飛ばないことにした。直せば直すほど、自分の機体を飛ばしたくなるのは、誰よりも自分が知っているからだ。
日曜の朝、堤防の風は少し強かった。会員たちはモーター付きの機体を順番に上げていく。飛行時間は全員のアプリに表示される。上位の会員はその数字に張り合い、下位の会員はポイントの足しにする。私はベンチで、誰かの割れた主翼にボンドを塗っていた。その時、見知らぬ少年が一人、堤防の下から現れた。
少年の手には、モーターも受信機もついていない、ばら材の白い滑空機があった。ここの創設者——今は誰も名前を覚えていない、戦後すぐにこの河川敷で木片を削っていた老人——の曾孫だと、少年は言った。頭にかぶっているのは、遠い国の野球チームの名前の入った帽子で、どこかの古着屋で買ったらしい。「図面は、うちにだけあるんです。誰にも見せない図面です」と少年は言った。血が流れているのは、そのように言われることで初めて、ものになる。
少年は機体を、風に向かって軽く放った。上げてもいない、操縦してもいない。翼は上昇気流を読み取り、一人で旋回を始めた。大きく、ゆっくりと。モーター付きの機体が次々に電池を切らして着陸する中、白い滑空機だけが降りてこなかった。空の高い場所を、潮の満ち引きのように、回り続けた。

堤防には、ドイツから来たという中年の男が座っていた。カメラも出さず、ただ見上げている。「僕の国にもありますよ、ああいうの。誰のものでもない滑空機。所有していないものが、一番長く飛ぶ。それを、人は忘れがちです」彼はそう言って、小さく笑った。
夕方、白い滑空機は川面へ滑り降りた。着地ではなく、着水だ。機体は浮いたまま、ゆっくりと流れ始めた。少年は追いかけなかった。「機体は川に返します。図面は、もう頭に入ってるので」と言った。赤と緑のロゴの入った機体たちが、堤防に整列している。その横を、誰の広告も貼られていない白い翼が、夕日を受けて下っていく。それは、この河川敷で何年ぶりかの、きれいな光景だった。
翌朝、スポンサーのチェーンが全国で経営破綻を報じられた。四軒のコンビニは、軒先の明かりを消していた。昼過ぎ、社員の姿はどこにも見えず、誰かが勝手に判断したのか、飛行場の支柱に結んであるスポンサーの幟が全部降ろされ、河風にまるめて置いてあった。
私はロッカーを開けた。底には、三十年前に審査で落とされた、ばら材の機体が眠っていた。ロゴを貼る場所など、一か所もない。私はそれを手に取り、堤防の上に立った。風は、昨日と同じ方角から吹いている。ただし、今は誰のものでもない。
次の日曜日、この飛行場にクラブはあるのだろうか。あるとしたら、誰が誰の翼を投げるのだろうか。川は黙って流れ、風だけが、答えを持っているかのように吹き続けていた。