水平線がふたつに割れる冬

海の家のシャッターを下ろす仕事は、十一月の終わりに一度だけある。彼は毎年、その日に水平線を見る。今年は、水平線が途中からふたつに分かれていた。
片方はいつもの冬の海で、鉛色の光がざらついた波の稜線に沿って走っていた。もう片方は少しだけ明るく、まるで季節が迷い込んだように、夏の残り香のような淡い金色をしていた。二つの海は同じ場所にありながら、どこかで折り合わせの悪い絵のように、ずれて重なっていた。
彼は海の家の越冬番を五年目で、正式な呼び名は冬季管理員である。シーズンが終わると、テーブルとパラソルを倉庫に積み、水道を抜き、冷蔵庫の電源を落とす。客がいなくなった海岸は、世界の縁のような静けさになる。そこにいるうち、彼は世の中の物音が妙によく聞こえるようになった。見えないところで何かが決算され、何かが合併され、何かが分割される音が。
あの巨大な企業が半導体部門を切り離して新しい会社をつくる、というニュースは、夏の終わりの朝、海の家のラジオから流れてきた。分割、再編、リストラクチャリング。アナウンサーは明るい声で語った。一つのものが大きくなりすぎたので、二つに分けて効率を上げるのだと。合理的な話だった。彼はその言葉を聞きながら、レジの釣り銭を数えていた。その手元で、十円玉が不意に割れた。真っ二つに。誰も驚かなかった。客はいなかったし、監視カメラもまだ生きていたが、あとで確認しても記録には何も写っていなかった。
それ以来、世界は少しずつ割れ始めた。小さなことから始まった。コンビニの棚で、同じ商品が微妙に違う値段を並べて表示されるようになった。駅の改札を通ると、時々自分の残高が前の日々と食い違った。ネットの向こうでは、人々が同じ出来事について、まったく矛盾する記憶を持っていると主張し、互いに他者を偽物と呼んだ。誰も嘘をついていなかったのだと思う。世界が二つに分かれて、それぞれがそれぞれの「正しさ」を回し始めただけだ。
裕福なほうの世界と、そうでないほうの世界。アップデートの速い人々と、置いていかれた人々。連結決算の表の上では、どちらも一つの会社の事業として記述される。だが彼は、海辺のこの小さな家の灯りを消すたびに確信する。資本というのは、あらゆるものを数値に換算できると信じている。だが数え切れた瞬間、その総和は必ずふたつに割れる。足し算が間違ったのではない。足し算そのものが、もはやひとつの答えを持たないのだ。

十二月に入ると、海に変化が出た。沖合で潮の流れが逆向きになり、冬なのに打ち上げられた生き物たちが、砂の上でまだ夏の体温を保っていた。港の漁師は黙って網を畳んだ。気象庁は「観測史上例のない現象」と発表した。彼は海の家のデッキに折り畳み椅子を出して、毎夕方、水平線の二重露光を見つめた。
それは悪い眺めではなかった。むしろ、美しかった。ふたつの海が夕日を別々に受け止め、空には色の違う二つの黄昏が重なり、雲の断層が金色と藍色に別れていた。世界の終わりというのは、爆発なのだと彼は思っていた。だが実際に訪れているものは、静かな分岐だった。何かが壊れる音はしない。ただ、これまで一枚だった絵が、接着面のところを丁寧に剥がされていく。
ラジオは最近、あの企業の分割が完了したと告げた。新しい二つの社名が朗々と読み上げられ、株価は上がった。同じ頃、街では同じ番地の家が二軒存在することになり、どちらも本物の住民票を持っていた。役所は処理に困っているらしい。彼は笑わなかった。これはバグではない。これは仕様変更だ。
年の瀬のある夜、海の家の窓ガラスに細いひびが入った。彼はそれを補修しないことにした。ひび目の向こう側では、少し明るいほうの海が揺れていた。そしてふと気づくと、砂浜に足跡が二列、こちらに向かって延びていた。どちらも同じ靴の跡で、どちらも途中で途切れていた。誰かがここに来て、二つの世界に別々に帰ったのかもしれない。あるいは、まだこちらにいるのかもしれない。
彼は倉庫の鍵をかけ、看板の裏に「来夏も営業します」と書いた。嘘ではない。片方の世界では、きっと営業するのだ。問題は、客がどちらの海に来るのか、それを誰が決めるのかということだ。シャッターを下ろすと、二重に割れた水平線が、最後の光を彼の足元に残した。
帰り道、彼は一度だけ振り返った。金色のほうの海に、小さな船のような影が見えた。こちらの海へ来るのか、あちらの海へ帰るのか、まだ決まっていない影が。彼は立ち止まり、見守ることしかできなかった。世界は静かに選別を始めている。さあ、君なら、どちらの波に乗ると思うか。